かつて歯列矯正といえば、金属製のブラケットとワイヤーが歯の表面に装着されるのが一般的で、その見た目から治療をためらう人も少なくありませんでした。しかし、近年では材料工学やデジタル技術の進歩により、「見えない矯正」あるいは「目立たない矯正」と呼ばれる治療法の選択肢が飛躍的に増加し、多くの患者さんにとって矯正治療がより身近なものとなっています。裏側矯正(舌側矯正)は、その先駆けの一つです。歯の裏側に装置を装着するため、審美性に優れていますが、当初は技術的な難易度が高く、対応できる歯科医師も限られていました。しかし、ブラケットの小型化や素材の改良、そして3DスキャンやCAD/CAM技術を用いたカスタムメイドの装置製作が可能になったことで、より精密で快適な治療が提供できるようになってきています。一方、マウスピース型矯正装置の進化は目覚ましく、特にアライン・テクノロジー社のインビザライン・システムは世界中で広く普及しています。透明なポリウレタン製のマウスピースを段階的に交換していくこの方法は、口腔内スキャナーによる精密な歯型採得、AIを活用した治療計画の立案、そして3Dプリンターによるマウスピースの製作といったデジタル技術の恩恵を最大限に受けています。これにより、従来は適応が難しいとされていた症例にも対応できるようになりつつあり、また、治療の予測精度も向上しています。さらに、ブラケットの素材も進化しており、セラミックやジルコニアといった歯の色に近い素材で作られた審美ブラケットは、金属アレルギーの心配がなく、変色しにくいといった特徴を持っています。ワイヤーも、白くコーティングされたものや、ロジウムコーティングによって金属色を目立たなくしたものなどが開発されています。今後の展望としては、AIによる診断・治療計画支援のさらなる高度化、より生体親和性の高い新素材の開発、そしてロボット技術の応用による精密な装置装着などが期待されます。これらの技術革新によって、将来的にはさらに効率的で、患者さんの負担が少なく、そしてより審美的な矯正治療が実現されていくことでしょう。