歯列矯正治療において、患者さんご自身の協力が特に求められるのが「ゴムかけ」です。これは顎間ゴムとも呼ばれ、上下の歯、あるいは同じ顎の歯の間に患者さん自身で小さなゴムをかけていただくことで、ワイヤーだけではコントロールしきれない細かな歯の移動や、噛み合わせの最終調整を行います。歯科医師の立場から見ると、このゴムかけを指示通りにしっかりと行っていただけるかどうかは、治療計画の達成度や治療期間に極めて大きな影響を与えます。多くの患者さんが誤解されがちなのは、「少しぐらいサボっても大丈夫だろう」という点です。しかし、ゴムかけは毎日、決められた時間装着することで初めて効果を発揮します。装着時間が短いと、歯を動かすための持続的な力が加わらず、期待した効果が得られないばかりか、歯が後戻りしてしまい、治療期間が不必要に延長してしまうことさえあります。また、ゴムのかけ方や位置を間違ってしまうと、意図しない方向に歯が動いてしまうリスクもありますので、必ず指示された通りに装着していただくことが重要です。ゴムの種類(太さや強さ)や、かけるフックの位置は、患者さん一人ひとりの不正咬合の種類や治療段階に応じて、緻密に計算された上で決定されています。例えば、上の前歯を後退させたい場合、下の奥歯を前方に移動させたい場合、上下の歯の噛み合わせをより緊密にしたい場合など、目的によってゴムのかけ方は全く異なります。治療の最終段階で、より理想的な噛み合わせを獲得するためには、このゴムかけによる微調整が不可欠なのです。もちろん、ゴムかけには多少の慣れが必要ですし、最初のうちは痛みや違和感を感じることもあるでしょう。しかし、それは歯が正しく動いている証拠でもあります。私たち歯科医師や歯科衛生士は、患者さんがゴムかけをスムーズに行えるよう、かけ方の指導や練習に時間をかけ、また、痛みや不快感を最小限に抑えるためのアドバイスも行っています。患者さんと二人三脚で治療を進めていく上で、ゴムかけはまさにその象徴とも言えるでしょう。