歯列矯正には時間も費用もかかる。だから、「歯並びは気になるけれど、治療はせずにこのままでいよう」と考える人もいるでしょう。しかし、その「矯正しない」という選択は、本当に「現状維持」を意味するのでしょうか。残念ながら、多くの場合、答えはノーです。不正咬合を放置するということは、多くの場合、ゆっくりと、しかし確実に進行する「悪化」への道を歩むことを選択しているのに等しいのです。その先に待つ未来を少しだけ覗いてみましょう。まず、加齢とともに虫歯や歯周病のリスクは着実に増大します。若い頃は唾液の分泌も多く、免疫力も高いため、多少の磨き残しがあっても問題にならなかったかもしれません。しかし、年齢を重ねるにつれて、歯磨きがしにくい場所のリスクは累積していきます。歯周病が進行すれば、歯茎は下がり、歯を支える骨は溶け、最終的には健康だった歯までもグラグラになって抜け落ちてしまう可能性があります。次に、歯並びそのものも、年齢とともにさらに悪化していくことが少なくありません。特に歯周病が進行すると、歯を支える土台が弱くなるため、歯はより動きやすくなります。若い頃は少しガタついていただけだったのが、中年期以降になって出っ歯がひどくなったり、下の前歯がさらに重なり合ったりするケースは非常に多いのです。これは、噛む力や唇、舌の圧力のバランスが、長い年月をかけて歯並びをさらに崩していくからです。そして最も恐ろしいのが、「負の連鎖」です。一本の歯を歯周病や虫歯で失うと、その両隣の歯は支えを失って倒れ込んできます。噛み合う相手の歯は、ストッパーがなくなったことで伸びてきます。こうして、たった一本の歯の喪失が、ドミノ倒しのように口腔内全体のバランスを崩壊させていくのです。その結果、さらに多くの歯を失い、最終的には高額なインプラント治療や、不便な入れ歯生活が待っているかもしれません。歯列矯正の必要性を考えることは、今の自分だけでなく、10年後、20年後の自分の健康と生活の質に対する責任を考えることでもあるのです。